サンチャゴ・コンポステラにて
国際会議とミーティングの合間をぬって、かねてから行きたかったサンチャゴ・コンポステラ(スペインにあります)に行ってきました。
サンチャゴ・コンポステラをWEBで探すと以下のわかりやすい説明を見つけましたので掲載させていただきました(http://home.att.ne.jp/wood/aztak/untiku/santiago.html)。
「キリスト教12使徒の一人である聖ヤコブ(スペイン語名サンティアゴ)の墓が9世紀初頭、スペイン北西部サンティアゴ・デ・コンポステーラで発見され、それ以来、ローマ、エルサレムと並び、このサンティアゴがヨーロッパ三大巡礼地の一つとして崇められ、キリスト教信者の心の拠り所となっています。中世には年間50万もの人が徒歩又は馬車でピレネー山脈を越え、聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指したと言われています。その道程は約800kmにも及び、巡礼者は巡礼のシンボル(通行証でもあった)であった帆立貝の貝殻を提げ、水筒、杖を手に長い道程を旅しました。 巡礼ルートは2つあり「サンティアゴの道」といわれる本ルートは北部内陸を、もう一つの沿岸ルートはカンタブリア海沿いを通る海岸ルート。これら街道沿いには巡礼者の為の宿泊施設としても使われた修道院、教会、病院などが多数点在し、その時代の文化、芸術、歴史の足跡が色濃く残り、現在では歴史街道となっています。この巡礼街道はユネスコの世界遺産に指定され、又日本の熊野街道(和歌山)と姉妹街道にもなっています。 この聖人の祝日7月25日が日曜日にあたる年は「聖ヤコブ年」といわれ、大祭が行われます。」
という処なのです。私がこの地に興味を持ったのは、かなり昔になんかの本で、中世ヨーロッパ、確かルネサンス頃のイタリア人かフランス人の旦那衆5人が酒宴の最中に突然思い立ってサンチャゴ巡礼を決め、家族の反対を押し切って出かけてしまうんだけど、道中、病気や追いはぎにあって、結局5人のうち3人は死んでしまうというお話を読んで、日本の「蟻の熊野詣」(ちなみにこの神社とその奥手の林とのコントラストは思わず息が止まるほどの美しさで深く感動した覚えがあります)や江戸期の「大山詣」のようなレベルを超えた、それこそ死を賭して、また当時そこを目指すことはこういう災難に逢う事を半ば意味していたようですが、それほどまでして目指す聖地とはどういうものなのか見てみたいと思ったのです。今年はモンサンミッシェルにも行ったので、その対比も興味の一旦ではありました。
私の感想。 この地はキリスト教徒で、かつ歩いて行かないと建造物自体からはさほど感動は受けないなというのが正直な告解(不適切な用語でした)であります。
これと同じ感覚は日本でもあります。例えば、今、東京以外に故郷がある人が帰省するのがそういう感覚ではないでしょうか。生まれてから飛行機でしか帰郷したことのない若い世代には実感を伝えるのは難しいのですが、例えば飛行機や新幹線、高速道路が開通する前に帰省した経験があり、その後にこれらの恩恵を受けるようになった人は、その前と後で、故郷と東京との時間距離の余りの短縮に目眩を覚えないでしょうか。
つまり、日常生活と故郷との本来空間的に隔絶されたものが、現代の移動手段の発達によって時間的にぐっと短くなってしまい、実際には結構離れたところに暮らしているという実感が麻痺し、故郷にやっと帰ってきたという感動は半減しているのではないでしょうか。
で、コンポステラのお話に戻ると、おそらく非キリスト教徒である私が以前読んだお話に感動を受けて行ったとしても、少なくとも、歩いてその地を一歩、一歩目指していく過程を経、その肉体的限界の果てに一種のカタルシスとして目的地に到達しない限り、この建造物はスペインゴシック・ロマネスク建築物以外の何者でもないという位の認識に留まってしまうと思いました。でありますから、私の内面的な意味合いはモンサンミシェルのそれと同じなんですね。
おそらく、四国のお遍路さんもコンポステラを徒歩で目指す人たちが得ている精神的なインパクト、そういうトリップをしているのではないかと思いました。
結局、人間の感覚をスキップしてしまう便利な移動手段は、一方で人々から容易に本来の感動を失わせてしまうこととトレードオフにあるのかなと思った旅でした。
